――粟五万石
――執圭の爵
当時としては、未曾有の懸賞である。
粟とは、アワのことではなく、穀皮をとっていないモミのことで、転じて俸禄の意味に使われた。執圭とは、主君から領地のシンボルとしてもらう玉器「圭」を所持する爵位のことである。
すなわち、伍子胥の首には、5万石の俸禄と王族の地位がもらえるということである。
伍子胥は逃げに逃げて、揚子江の川岸にたどりついた。もう夕暮れ時で、あたりは暗い。顔もよく見えない。
そこに漁船が一艘、舫っていた。舟にはひとりの老漁師がいた。
「乗せてくれんか」
伍子胥は声をかけた。
「よろしいよ」
老漁師は、舫いをほどき、伍子胥たちの方に舟を寄せた。
伍子胥は勝を抱いて、悠々と舟に乗った。さりげなく、松林を見ると、何人かの人影が近づいてきた。
「その舟、かえせ、かえせ」
伍子胥は老漁師の様子を窺ったが、表情はまったく変わらなかった。対岸に無事着き、渡し賃を払おうとしたが、無一文である。仕方がないので、腰に帯びていた剣をはずし、
「これは百金の価値がある。おやじさん、渡し賃にとっていただこう」
すると、老漁師は、自分の鼻先を扇ぐようにして手を振り、にやりと笑って、
「百金なんて、そんなのが欲しくて、渡してあげたのじゃあない。五万石の俸禄も執圭の爵位だって、こちとらはほしくないだに」
伍子胥は思わず、
「すまぬ。ありがとう」
と頭を下げた。
老漁師は、かれを伍子胥と知って助けたのである。欲得抜きで。
伍子胥は、勝の手を引いて呉へ向かった。
しかし、このあとも難渋を極めた。途中で病気となり、乞食をしながら、旅を続けた。まさに苦心惨憺たる旅であった。
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