2015年5月30日土曜日

十八史略(61)-伍子胥と呉越戦争(22)

 夫差即位11年(前485)、呉は動員令を下し、再び北伐を強行しようとした。
「斉を攻めるよりも、わが国にとって腹心の病根とでも言うべき越を、まず滅ぼさねばなりませぬ。でなければ、いつ背後を襲われるか、知れたものではありませんぞ」

夫差は唇を突き出して、「その越はのう、こんどの北伐に、かねて訓練した兵の三分の二を従軍させる、と申しておるぞ。それから、戦費も負担するそうじゃ。それが、わが背後を襲うかの?」

「ますますご用心なさいませ」

「おまえにはついて行けぬは」

顔さえ見たくない夫差は伍子胥を遠ざける方法を考えた。

「おまえは越のことばかり申して、斉の事情すら知らぬではないか。使者として派遣するから、一度斉を見て参れ。」

「命令でございますか?」

「そうじゃ」

「それでは、仕方がありません。行って参りましょう」

伍子胥は

「俺は嫌われている。それで、こうして遠ざけられるのだ」

と直感した。

楚の平王の屍体を鞭うった時、彼は老いをかんじ、「日暮れて道遠し」と言った。それからもう20年もたっている。どうやら、道も行き詰まりになっているらしい。

 

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