2015年5月29日金曜日

十八史略(60)-伍子胥と呉越戦争(21)

蘇州城内の伍子胥像.
 はたして伍子胥は、満面に朱をそそぎ、太い眉を吊り上げて回廊を走ってきて、反対した。

「范蠡の釈放は、すでに決めたことだ」

夫差は冷たく言い捨てた。

「勾践を許すときの約束でございましたぞ」

と、それでも伍子胥は詰め寄った。

彼の怒りは、あるじ夫差の心に、ふしぎな喜悦を導いた。

「勾践と范蠡の主従を、分離するという方針であった。しかし、勾践はたびたび呉に来て参内しておる。勾践は一年の半ばを呉と越ですごしておるのだから、范蠡をどちらに置いてもおなじではないか」

「おなじではございませぬ。越に放てば、手が届かなくなります。虎を放つようなものです」

「越はわが属国ぞ。どこにも手は届くわ」

「越では国もとの大夫種が、兵を訓練しているということです」

「知っておる。呉国に危急のときに、援兵を出せるように、兵を調教しておるそうじゃ。おまえは、くどいのう。敵はいつまでも敵ではない。恩恵を施すことによって、誰よりも頼りになる味方にすることもできるのだ」

閨房のなかで、西施がこれに似たことを申しておった。真似ているのではない、二人の心はひとつなのだから、おなじことを口にするのは当然だ。

「甘すぎますぞ」と、伍子胥は声をあらげて言った。

「ものごとは、ほどほどがよいのじゃ。わしにはのう、死屍に鞭うつような真似はできぬ」

さすがにこれには伍子胥も返す言葉がなかった。

 

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