勾践は范蠡の前にうなだれた。
范蠡は答えた。
「恥を忍んで降伏する以外にないでしょう。越の宝物をすべて呉に献上し、わが君自らが、呉王にお仕えなさい」
「わたしに夫差の奴隷になれと申すのか」
「奴隷になれたら、めっけものです。命があれば今日の恥を雪ぐ日もございましょう」
「夫差はわたしを許すであろうか」
「伍子胥が反対するでしょう」
「それでは、わたしの命はないではないか」
「呉王夫差が必ずしも伍子胥の進言を聞くとはかぎりません」
「しかし、夫差は伍子胥の言を聞くこと父のごとしというぞ」
「呉の重臣は伍子胥だけではありません。伯嚭もかなりの影響力をもっています。この男、財物に弱いと聞いております」
「買収するというわけだな」
「その役目なら種(しよう)がよかろう。しかし、それだけで、大丈夫だろうか」
「呉王夫差が伍子胥の主張にどこまで対応できるかでしょう。1対1では、夫差は伍子胥に屈するでしょう。だから、伯嚭に夫差を応援させるのです」
「伍子胥の強い意見に伯嚭の後押しだけで勝てるだろうか」
「まだほかに打ってございます」
「どんな手か?」
「西湖のほとりにひとりの女をおいてあります。呉王に献上するためです。呉王への影響力を発揮する術は、その女に授けてあります」
「どのような女か?」
「絶世の美女でございます。幼い頃からわたしの手元においておりましたが、長じては、呉王夫差の性格を研究し、夫差が喜びそうな女に育て上げました」
「范蠡、おまえは?」
勾践は絶句した。
范蠡は複雑な表情をした。
そこまで用意していたというのは、范蠡は勾践が夫差に敗れることを見通していたということになる。
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