しかし、家臣たちはやきもきしていた。家臣たちは夢をもっている。その夢があるゆえに苦労も苦労と思わず辛抱してきた。「わが君を晋のあるじに」が、家臣たちの悲願であった。
家臣たちは、ある日、相談した。
「もう、非常手段に訴えるしかあるまい」と狐偃が最初に言った。
「非常手段とは?」と、趙衰が訊ねた。
「わが殿を酒で潰し、その間に馬車に乗せて斉から立ち退くのです。そうしないと、わが殿は動かれないでしょう」
「しかし、酔いが醒めると激怒なさるであろう」
「わが君のお怒りは、この狐偃が引き受ける」
狐偃は重耳の母の弟にあたる。すなわち叔父になる。
重耳のぬるま湯のような生活をじれったく思っていたのは、家臣たちばかりでなく、妻となった斉の公女も重耳に対してはっぱをかけていた。
「あなた、男なら、ここで一旗あげて国に帰ることを考えたらどうですか」
妻と家臣団は共同作戦を張ることができた。妻は、夫を酔い潰した。
家臣団は、わが君の妻にお礼を言う間もなく、酔いつぶれた重耳を馬車に乗せ、夜道を斉の外に走りに走った。重耳は馬車の揺れで、酔いはさらに増した。
朝になり、重耳がやっと目が覚めたときには、国境線は随分遠くになっていた。
さすがに酔いが少しばかり醒めると
「誰だ、こんなことをしでかしたやつは、ただでは許さんぞ」と剣を掴み、怒鳴った。
「私めでございます」と、狐偃が進み出た。
「うーぬ。わしがおまえを殺せないと思っているのか」
「わたしの命など、どうなっても結構です。わが君を晋の太守にできれば」
さすがに、重耳も酔いが醒めた。
「事が成らねば、舅父貴の肉をくってやるからな。覚悟しておけ」
「そのときは、わたしの肉などは腐って骨だけになっているでしょう」と狐偃は答えた。
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