申生が曲沃から戻って参内したときに、驪姫は申生を園庭に招き入れた。
その前日、驪姫は献公に、
「申生様は面白いお方ですね。今日もきわどいご冗談を言われたのですよ」
「どんな冗談を」
お祖父さまは亡くなって、わたしの母を父上に遺した。お父上もお亡くなりになれば、わたしにそなたを遺してくれるであろうか、などと」
「まさか、申生が」と献公は絶句した。
「信じられない」
「それなら、申生様はわたしを明日、園庭にお誘いになりました。ここから見ていてください」
そこから、園庭はよく見える位置にあった。
驪姫から招待を受けた申生は園庭の花壇のそばで待っていた。
前日、驪姫は申生に
「わたしが丹精こめた、牡丹をお見せいたしますわ」と誘ったのである。
申生は優しい人間で花には目がなかった。すばらしい牡丹の花が見れることで浮き浮きしていた。
宮殿の楼上から、父の献公が見ていた。
驪姫が現れた。牡丹の鉢のほうに申生を案内した。申生の方に歩み寄った驪姫は、おびえた顔で首をすくめた。蜂が驪姫の首のまわりをまつわりついてきた。
「蜂を追ってください」と驪姫は申生に頼んだ。
申生は驪姫に近づいて、蜂を払おうとした。驪姫は両手で顔を覆いながら走り出した。
そして、驪姫は宮殿に走りこんだ。後宮は申生も入ることが出来ず、追うことをあきらめた。
楼上から見ていると、いやがる驪姫を申生が追いかけているように見えた。驪姫は献公のところに走り込み体を預けた。驪姫の顔は涙で濡れていた。
「おのれ、申生め。すぐに処分しよう」と献公はいきり立った。
驪姫は「おやめください。いま申生さまを処分されようとしますと、この国は分裂いたします。いまはどうぞ我慢してください」と喘ぎながら言った。
献公は、右コブシを握り締め、わなわなと震えたがやっとのところで抑えたが、心の中では申生を廃立することを決心していた。
「お分かりいただきましたか。わたしは、涙で汚れた顔を洗ってまいります」と、別室に移り、髪に挿した簪を抜き、洗った。簪には、蜂を呼び寄せるために蜜が塗りつけてあった。
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