2013年3月31日日曜日

北方領土の2匹の妖怪

 安倍政権になって、流氷が溶け出すと同時に急に北方領土が熱くなってきています。北海道大学名誉教授の木村汎氏は、「2匹の妖怪が北方領土を徘徊している」と語っています。

1匹は中国の脅威を警戒する余りの日露提携論だ。中国は、2060年頃には米国をも凌駕するとの予想もある。問題は、中国が伸長する経済力を惜しみなく軍事力増強に投じていることだ。

このことを過大評価する余り、ロシアと組んで中国に当たるように進める戦略は、短絡思考の最たるものといえよう。

ロシアは中国に対し、確かに本心では、地続きの中国を恐れ嫌っている。だが、北京の機嫌を損ねてはならないと細心の注意も払う。

この二重性ゆえに、ロシアは米国や日本とともに対中包囲網を形成することに、ある程度までは熱心になるだろうが、それには限度がある。中国を本気で怒らせた場合、その被害を最も深刻に受けるのは、日本ではなくロシアに他ならないだ。

ロシアの極東地方は、軍事力によらずとも、地続きの隣国、中国の圧倒的な人口、経済の浸透圧によって席巻され、事実上、中国の植民地支配下に置かれてしまうだろう。また、北京は、かつて帝政ロシアに奪われた領土の返還要求を再燃させる恐れすらなきにしもあらずだ。そうした地域は少なくとも150万平方㌔にも及ぶ、とロシア側は懸念している。そうすれば、到底、5000平方㌔の北方四島の比ではない」と木村氏は語っています。 

2に、日露が対中提携作戦を組む場合、誤ったメッセージを全世界に発信することになりかねない。日本人は外交便宜上、領土要求の旗も容易に降ろしてしまう国民だという印象である。

 四島一括返還ではなく、二島あるいは三島の返還で合意した場合です。
 日本の領土要求は本気ではなく、次は尖閣諸島についても譲歩する余地ありと解釈される恐れすらあると木村氏は、憂慮しています。

3に、デリケートかつマキャベリスティックな戦略を展開し得る力量のある政治家が、果たして今の日本に存在するだろうかという基本的な問題です。
 ロシア側トップと会談する前に「三島返還」案を公然と示すような元首相、そうした人物を特使として送り込む前首相や現首相がいます。

このような現状に鑑みる限り、残念ながら、その問いに対して、「イエス」とは答えられないと木村氏は悲観的です。

2匹目は、「現実主義」と称する妖怪であると木村氏は続けます。日露関係は、北方領土問題に関して「現実主義」的な立場に立たなければ、問題解決へ向けて、一歩も先へ進まないと述べる人が増えてきています。しかし、このひとたちの考え方は、「現実主義」の名に値するものだろうかと問うています。

北方領土問題は、そもそもスターリン下の旧ソ連が、日ソ中立条約を侵犯し、四島を武力占拠したことに端を発しています。やはりスターリンにより犯された日本人のシベリア抑留と同根の国際法違反であると木村氏はいいます。本来、シベリア抑留同様、ロシア側が謝罪し速やかに返還に応ずべき不法行為であると木村氏は言います。

それにもかかわらず、ロシアは「戦争結果不動論(ラブオフ外相)」を唱え、当然支極の日本側主張を頑なに拒否し続けている。理不尽なロシア側の姿勢に屈し、その状態を認める。揚げ句の果てに四島返還の旗印を降ろす。これが「現実主義」にふさわしいアプローチと、したり顔で説く人々が多くなりつつあると木村氏は案じています。

果たして、そうした主張を「現実主義」的な立場と認めてよいのか。木村氏は、国際法の基本原則から逸脱した、便宜主義的な主張を正当化しようとする試みのように思われると述べています。

「法」より「力」でつくられた現実を重んじようとするロシアの「ごり押し戦略」に乗せられた人々の主張である。それは、国際紛争を毅然として粘り強く解決する日本のあるべき姿をないがしろにし、世界に軽んじられる結果を招いてしまう。

 木村氏は、「妖怪たちの動きが案じられてならぬ」と締めていますが、領土問題は、個人の利益や利名のために使われてはなりません。力量のある政治家の出現を望みたいものです。

 

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