2010年2月23日火曜日

スイスのアマンがジャンプで二冠

 バンクーバーオリンピックのジャンプ競技で、スイスのアマン選手がノーマルヒル、ラージヒルの二種目で金メダルをとりました。
 ジャンプは、さまざまなルール改正によって、背が大きく、体重の重い選手が有利になっています。日本選手が、札幌オリンピックで金銀銅を独占したのは、遠い思い出です。体が大きな方が有利というジャンプにあって、このシモン・アマン選手は、身長 が172cm、体重は58kgで、日本の選手とあまり変わりません。フィンランドのニッカネンなどを見ていると、これは叶わないなと端から思ったものです。ジャンプは、原理的には、質量が大きく、初速が大きいほど遠くに飛べると考えていました。ところが、ジャンプは、そう簡単なものではないようです。アマン選手は、大きなボールに乗り、バランスをとる練習をやっていました。これは、NHKスペシャルで見られた方も多いと思います。アマンは片足で立っても、前後にしか揺れません。普通の人は、横にも揺れるのですが、アマンは横にはほとんど揺れないのです。瞬時に自分の重心がどこにあるのか、分かるそうです。したがって、踏み切ったあとも自分の重心をソリの上に自然にもって来れるのです。ほかの選手は、踏み切ったときが、一番速く、段々スピードが落ちてゆくのですが、アマンは段々速くなっていきます。そして、圧倒的な飛距離と飛型点で圧勝します。
 日本選手は、フィンランドにジャンプ留学しますが、アマンのもとに留学する方がどれだけ参考になるか分からないと思います。フィンランドのような体の大きいところで、トレーニングすると劣等感のみが湧いて来るでしょう。スイスが受け入れるかどうか分かりませんが、是非、若いジャンパーはアマンと一緒に2~3年、合宿してほしいものです。
 アマンは、スイス東部の小さなグラブスという村で、細々と酪農を営む家庭の5人兄弟の真ん中として生まれました。少年時代に、アルペンスキー選手を目指し、チームに入会を希望しましたが、体重が軽すぎるという理由で断られました。そこで、地元で開催されたジャンプ大会に飛び込みで参加し、いきなり優勝して認められました、
 2002年のソルトレイクシティオリンピックでは、直前の2002年1月11日、ドイツで行われたW杯ビリンゲン大会の公式練習中に、空中でバランスを崩して頭から地面に突っ込んで、むちうちになって首にコルセットをつけるほどの怪我を負いました。五輪出場が危ぶまれましたが、出場しました。そして、ノーマルヒル、ラージヒルともに優勝し、スイスにジャンプ競技初の金メダルをもたらしました。1988年のカルガリーオリンピックのマッチ・ニッカネン(フィンランド)以来史上2人目の個人2冠に輝きました。
 2006年のトリノオリンピックでは、ルールの改正があり、ノーマルヒル38位、ラージヒル15位と残念な結果に終わりました。またも国際ジャンプ協会の陰謀でやられたと思いましたら、今回、これを克服しての二冠です。個人での二冠達成を二度やったのは、アマンが初です。まだ若いので、次のオリンピックが楽しみです。かれは、2006年からスイス連邦工科大学チューリッヒ校に通っています。
 かれは、眼鏡をかけた姿がハリーによく似ているために「スキー界のハリー・ポッター」といわれております。「魔法のホウキならぬスキー板に乗ったハリー・ポッター」と書かれました。

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